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浦和地方裁判所 昭和52年(ワ)837号 判決 1985年3月22日

原告 黒崎昭

右訴訟代理人弁護士 矢作好英

被告 鈴木時夫

右訴訟代理人弁護士 吉田士郎

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は原告に対し、金七五七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文一、二項同旨

第二、当事者の主張

一、主位的請求原因

1. 原告は、昭和五一年四月一九日、訴外関東興産株式会社(以下「関東興産」という。)の代表取締役としての被告に対し、別紙物件目録記載の物件(以下「本件物件」という。)を代金三四〇〇万円、代金の支払方法は同月一九日に五〇〇万円、同月二六日に一〇〇〇万円、同年五月一五日に一〇〇〇万円、同月三一日に九〇〇万円の約定にて売り渡した。

2. 関東興産は、昭和五一年四月一六日に公証人から定款の認証を受け同年七月八日に設立登記がなされたのであるから、右売買契約成立当時は設立中の会社であり、被告はその設立の発起人であって、かつ、右売買契約の締結は会社の設立に関する行為に属さないものであった。

したがって、被告は原告に対し、民法一一七条一項の類推適用により前記売買代金を支払う義務がある。

3. よって、原告は被告に対し、右売買の残代金七五七万五〇〇〇円及びこれに対する弁済期後の昭和五一年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、予備的請求原因

1. 被告は、昭和五一年七月六日、関東興産の代表取締役に就任した。

2. 被告は、同年五月三一日、設立中の関東興産の代表取締役として、訴外ラサ通商株式会社(以下「ラサ通商」という。)から金五〇〇〇万円を、支払方法は同年八月一五日、同月二〇日、同月二五日、同月三〇日、同年九月六日に各一〇〇〇万円を支払うこと、右返済金の支払いを一回でも怠ったときは当然に期限の利益を失うとの約定で借り受け、同年七月一〇日、その担保として本件物件の所有権をラサ通商に移転した。

3. 関東興産は、昭和五一年八月一五日金一〇〇〇万円の支払期を経過したため、ラサ通商に対し本件物件の所有権の返還を求めることができなくなった。

4. 被告は、同年五月三一日、ラサ通商から七〇〇万円を、原告に対する本件物件の残代金支払に充てるという約束のもとに受け取りながら、これを原告に支払わず、他に流用した。

5. 被告の2ないし4の行為は、関東興産の代表取締役としての職務行為であり、その職務を行うにつき次の如く悪意または重大な過失があった。

(一)  被告は、関東興産の発起人でありながら株式の払込みをせず、その払込金にあてるため、資本充実の原則に反することを知りながら2の借り入れをなし、さらに、代表取締役として会社のために忠実に職務を遂行すべき義務に反することを知りながら、右違法借り入れのため、未だ代金を完済していない本件物件を担保に供した。

(二)  被告は、関東興産の払込資本金を同会社の事業に使用せず、昭和五一年八月頃、金員を貸し付ける場合には回収の見込みがあるか否かにつき慎重に判断すべきであるのに、何らの注意も払うことなく漫然と訴外あみや水産またはあじあ漁業に対し救済金として貸し渡したため、結局右貸付金は回収不能となった。

(三)  4の行為について、被告は、原告に対する本件物件の売買残代金の支払が遅滞することを知りながら他に流用したものである。

6. 原告は、被告の右の各行為により関東興産から本件物件の代金中七五七万五〇〇〇円の支払いを受けることができなくなったので、同額の損害を受けた。

7. よって、原告は被告に対し、商法二六六条の三に基づく損害賠償金七五七万五〇〇〇円及びこれに対する弁済期後の昭和五一年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三、主位的請求原因に対する認否

1. 1項の事実は否認する。

原告主張の内容の売買契約は、原告と関東興産の設立発起人組合との間に締結されたものである。すなわち、昭和五一年三月三一日、被告は、訴外山田司郎、同木間塚清之助、同鈴木チエ子、同山田鈴江、同山本初男、同水野茂義とともに、関東興産の発起人組合を作り、定款を作成し、同年四月一六日、公証人から定款の認証を受けた。そして、関東興産は同年七月八日設立登記を経たが、その設立手続中の同年四月一九日に、被告は発起人組合を代表して原告と本件物件の売買契約を締結したのである。

2. 2項のうち、本件物件の売買契約が関東興産の設立に関する行為に属さないことは否認し、その他の事実は認める。本件物件は関東興産の業務用に購入されたものである。

四、予備的請求原因に対する認否

1. 昭和五一年七月一〇日当時被告が関東興産の代表取締役であったことは認め、その他の事実は否認する。

2. 2項の事実は認める。

3. 3項の事実は知らない。

4. 4ないし6項の事実は否認する。

5. ラサ通商から関東興産に本件物件の代金が支払われたとしても、この受取りに関与したのは原告であり、被告は関与していないから、これについて被告の職務執行行為はない。

また、原告は、関東興産の設立、運営について事実上指導して来たものであるから、商法二六六条ノ三にいう第三者に該当しない。

五、主位的請求原因に対する抗弁

1. 本件物件の売買契約には、関東興産が設立されたときは、買主の権利、義務は同会社に当然移転する旨の約定があり、関東興産は昭和五一年七月八日に設立された。

2. 原告は、本件物件の売買契約締結当時関東興産が未設立で被告に同会社を代表する権限のないことを知っていた。

3. 仮に被告が本件物件の売買代金債務を負ったとしても、

(一)  原、被告と関東興産の間で、昭和五一年七月中旬、被告の本件物件の売買代金債務を関東興産が免責的に引き受ける旨の契約が成立した。

(二)  原告は訴外株式会社ダルモと取引していたが、同会社が倒産したため不用となった本件物件を処分するため、自己が企画した産業廃棄物処理の新事業に関心を抱いた被告を勧誘して関東興産を設立させ、自己も取締役営業部長に就任して協力する等甘言を弄し、将来業績をあげる見込みがないのにあるかのように装い、機械の価格に無知な被告を欺罔し、時価一〇〇〇万円相当の本件物件を三四〇〇万円の価格のものと誤信させて本件売買契約を締結させ、被告に二四〇〇万円の損害を蒙らせた。

被告は原告に対し、昭和五六年三月二五日の第一八回口頭弁論期日において、右損害賠償請求債権をもって本件請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

六、抗弁に対する認否

1. 1項のうち関東興産の設立の日は認め、その他の事実は否認する。

2. 2項の事実は否認する。

3. 3項(一)の事実は否認し、同(二)のうち相殺の意思表示のあったことは認め、その他の事実は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告が、昭和五一年四月一九日、関東興産代表取締役としての被告に対し本件物件を代金三四〇〇万円で売り渡したことは、成立に争いのない乙第一号証及び原告本人尋問の結果(第一、二回)により認めることができる。

二、被告が関東興産設立の発起人であり、その定款が昭和五一年四月一六日に公証人によって認証され、同年七月八日に設立登記がなされたことは当事者間に争いがない。

したがって、被告は関東興産の設立手続中にその代表取締役として本件物件の売買契約を締結したものと認めることができる。

三、関東興産の目的が、海上、陸上廃油スラッジの集荷、処理、産業廃棄物及び都市ゴミの集荷、処理、これらに附帯する一切の業務であることは、成立に争いのない甲第三号証によって認めることができ、本件物件の内容からみると本件物件は関東興産の営業の目的のために購入されたものと推認できるところ、かかる開業準備行為は設立に関する行為ではないから、発起人の権限に属さない。したがって、被告が設立前の関東興産の代表取締役として締結した本件物件の売買契約に基づく代金債務は、民法一一七条一項の類推適用により被告が履行する義務があるといわなければならない。

四、そこで、被告の抗弁について判断する。

1. 主位的請求原因に対する抗弁1について

被告主張の約定があるとしても、これが定款に記載されたことについて主張、立証がないから商法一六八条一項六号の要件を欠く財産引受として無効であり、したがって右抗弁は採用できない。

2. 同抗弁2について

成立に争いのない乙第一号証、原本の存在と成立に争いのない乙第四号証及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、本件物件の売買契約の成立時において、原告は関東興産が設立登記前であることを知っていたことを認めることができ、原告本人尋問の結果(第二回)中右認定に反する部分は採用できない。したがって、民法一一七条二項の規定を類推適用して、原告は被告に対し本件物件の売買代金債務の履行を請求することができず、被告の右抗弁は理由がある。

五、次に、原告の予備的請求原因について検討する。

1. 被告が昭和五一年七月一〇日当時関東興産の代表取締役であったこと及び予備的請求原因2項の事実は当事者間に争いがない。

2. 原告は、関東興産から本件物件の売買残代金の支払を受けられなくなったことを損害としてその賠償を求めているが、予備的請求原因2項の借り入れをした当時及び同4項の流用がなされた当時、被告は未だ関東興産の代表取締役ではなかったのであるから、被告のこれらの行為によって原告が関東興産に対し商法二六六条ノ三により損害賠償請求権を取得する余地はない。また、原告は、関東興産が設立登記した後に関東興産に対し本件物件の売買代金債権を取得したとの主張をしておらず、仮に、その旨の主張をするとしても、主位的請求原因について先に認定した事実関係からみるとその立証の余地もないので、被告が関東興産の代表取締役の職務を執行した結果、原告が関東興産から本件物件の売買代金の支払いを受けられないことにより損害を受けることはあり得ないから、その他の点を判断するまでもなく、予備的請求原因に基づく請求も理由がない。

六、よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野孝久 裁判官 永田誠一 山内昭善)

<以下省略>

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